②最悪な塾の思い出、2年間准看護師の養成学校

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前回のお話を読んでいない方はこちらです(^^)

①前回のお話はこちらです。

 

 

塾と受験

 

私は、看護師になるために、部活を引退した高校3年生の夏頃塾に通い出しました。

高校のある先生の実家が「看護師を目指す人向けの塾」を運営していました。

看護師向けの塾の情報もなかったので、先生のすすめ通りすぐに塾に入りました。

しかし、なんとブラックな塾だったのです!

塾ではセクハラ(私はされていないけど)、鼻くそつけられたり、みんなの前で怒鳴られたり、叩かれたり、私の頭が悪いと親を呼び出され追加料金を支払うように言われたり、水筒持ち込み禁止で塾の敷地内の自販機から必ず購入しなければいけない等。。。。

 

今振り返っても最悪な塾でした。

ストレスで蕁麻疹も出て、あまり勉強に集中できず、この塾が爆発するところを妄想をして耐えていました。

そしてそんな私が何箇所か受けて、やっと合格したのが滑り止めで受けた、2年過程で准看護師を養成する学校でした。

私が本来行きたかった、3年過程の正看護師養成学校に行けず、ショックでした。

一緒に看護学校を受験した親友だけ正看護師の学校に受かり、私は落ちて、とても気まずい思いをしました。

中学、高校と6年間テニス一筋だった私は、高校で部活を引退したら友達とガストに行ったり、映画にいったりすることがとても楽しみでしたが、できませんでした。

学校が終わったら、塾か牛の世話をしなければならず。

一度くらい学校をサボって那覇の街に繰り出してみたかった(笑)

私が高校時代にやりたかった唯一の心残りですね。

 

塾の先生には罵られ、受験になんども失敗して落ち込み、親からも責められた記憶があります。

高校を卒業する頃には「自分は頭が悪い、だめなやつだ」と自己肯定感がものすごく低くなっていました。

 

 

 

准看護学校の生活

 

2年間で准看護師になるための生活が始まりました。

ここではいままでの学校生活とは違い、親子で入学、子育て中の親、仕事をしながら通う、さまざまな年齢の人と一緒に勉強しました。

授業は半日だったので、仕事(4h)→学校→仕事(4h)と「今日は戻りなんだよね〜」と話す看護助手をしているパパさんたちもいて、このように合計して8時間勤務をしている社会人の方もいました。

年上の人と一緒に授業したり、お喋りすることはとても楽しかったです。

初めてできた年上の友達のお姉さん達は、私のことを可愛がってくれました。

学校が終わって一緒にテスト勉強をすることが楽しくて仕方ありませんでしたね。

私も毎日朝は6時から牛小屋のお手伝い(バイト代3万円もらえるようになった)下の3人の兄弟を学校に送ったあと、私もバイトか学校に通うという2年間を過ごしました。

准看護師の2年制になってからは病院のことを知っておきたいという気持ちがあったのと、周りの学生が病院で助手をしている人が多かったので、私もある病院で助手のバイトをはじめました。

バイトからいうともう私の病院歴13年くらいになりますね。

今では、病院の空気というのは落ち着きます(笑)

さて、准看護師を2年で卒業して試験にも無事受かることができました。

次は、また受験して2年過程の正看護師養成学校に進学することになりました。

あぁ、また私の大っ嫌いな受験です。

「みんなと同じところに進学したい。一緒に勉強したい。でも私は頭が悪いからな、、」

自信がありませんでした。

 

続く。。

 

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